◆憧れ
私の自伝を書きます。でも、自伝というのかどうかはわかりませんが、
みなさんには馴染みの薄いサーフィンに出会い、それを通して学んだ多くのことを
伝えることが出来ればいいなと思います。
私がサーフィンを始めたのは、実は社会人になってからでした。
子どもの頃(小学生低学年)に、夏、両親に千葉県の九十九里海水浴場によく
連れていってもらったのを覚えています。その時に、エアマットに横になり
波にのって?遊んでいたことはありました(ボディーボードみたいにして遊んだ)。
しかし、それがサーフィンへとつながったのかどうかはわかりません。でも
海に入って、波と遊ぶことをその頃から覚えていたようです。
最初のきっかけは、「エンドレスサマーU」というビデオを努に紹介されて、
見たことに始まります。
サーフィン映画としては、すごく有名な映画です。ビデオレンタル屋に
一本ぐらいはあると思います。
2人の主人公が、サーフボード片手に
世界中を旅し、様々な人と出会い、そしてその地の波にのる。
そこに写し出された映像は、私に多くの衝撃を与えました。なんといっても、
巨大な波に果敢にトライするサーファー、小さな波でもすっごく楽しそうに波にのる
子どもや老人、世界中の多くの名もないサーファーが写し出されました。
そして2人の主人公たちが多くの素晴らしい波にのることが
本当に楽しそうにしている映像を見て、私もサーフィンをしてみたいと思うように
なったのです。
何と言っても、水の上で気持ちよさそうに波にのり、スピードを上げ、
落ちても水だから痛みはない(これは勘違いだと後で分かりました)。
太陽の下、自然の中で出来る最高のスポーツだと思いました。
しかし、その時にはまだ本当のサーフィンの素晴らしさ、意味を理解は
していませんでした。
何はともあれ、まずは板がないと海に行っても海水浴しかできません。
丁度その時にアメリカにいた努が、板(映画で使用していた板)とウェットスーツを
手に入れて、送ってくれました。
アメリカからきた荷物が着いたときに、ワクワクしながら巨大なダンボールを
開けたのを今でも覚えています。そこには、ピカピカに光る白がベースで
立てに赤いラインが2本入った新品のボードがありました(のちに真っ二つに折れて、部屋の
オブジェになるとはその時には予想も出来なかった)。
しかし、回りにサーフィンをする友達もいなく、ましてや
社会人になってからサーフィンを始めるなんて、ちょっとこっぱずかしい気持ちもあり
誰にも、何も聞けません。本当は、サーフショップなどで板を買って色々聞くのが
一番なんですが、、。その時はサーフショップに入ることさえためらっていました。
遅れること何日かでウェットが届き(季節は冬)、これで海に行けると喜びました。
しかし、一人でいく勇気がなく、当時アメリカに留学していた努が冬休みで帰ってくるのを、
サーフィンマニュアルなる本を読みながら、ボードを眺めては待っている状態でした。
(「波の上から見えたもの」に続く)
◆波に立つということ
【波に立つということ、、。それは、未だかつて経験したことのない、
その時の自分には、映像でしか想像の出来ない行為であった。
やっと努が一時アメリカより冬休みで帰国し、一緒に海に行くこととなった。
事前に車にサーフボードを乗せるキャリアを取り付けてあり、それに大きなボードを
載せて向かったのは、東京から車で一時間ちょっとの湘南の海。
季節は冬真っ只中、でも気持ちだけは熱くその時には寒いと感じる暇もなかった。
湘南について、人のいない、誰も入っていない場所でサーフィンすることに。
そこはほとんど波がなく、あっても膝ぐらいの高さの波だった。
今にも雨が降り出しそうな天気だが、急いで努とウェットを着込む。
サーフィンできる喜びで、うれしくて、ボードに乗り込みパドリング
(自分ではパドルしているつもりでも)
周りからは多分、半分溺れているように見えていたかも、、。
二人で一枚のボードをかわるがわる交代でのった。波を待っているときに、
ボードに座って待つのだが、どうもツルツルすべって股から前に
ボードだけ、いきよいよく飛んでいってしまう。
遠くに見えるサーファーはしっかりと座っているのに。
後でわかったことだが、滑り止めのワックスを塗っていなかったのだ。もっとも、基本的な
ことをしていなかった。ピカピカのワックスも塗っていないボードを持って、
無邪気に遊んでいる所を、他のサーファーが見たら呆れていただろう。
話は戻るが、何回か波に乗ろうと努力したそのときに!!
初めて、波の力がボードを押し出し、前に滑ったその瞬間に
ボードに立った。その感触は今でも忘れられない。波の上に立つという
奇妙で、新鮮で、そして新しい感触を味わった。
たったの2mぐらいしか波ののっていなかっただろう。でも、自分には
10mぐらいのっていた感覚がした。
はっきりいってその時は時間が止まった。すっごくスローに時間が流れていた。
確かその日は、その一回しか立てなくて、それでもうれしくて
車を飛ばして家に帰ったのを覚えている。努も立てたかもしれないけど、自分が
立てたことがすっごくうれしくて、そんなことももう覚えていなかった。
それが最初に海でサーフィンした思いでです。湘南の辻堂っていう場所。
今でも思いでの深い場所です。
それから何年か、しばらくはそこに通うことになった。
続きは「特訓」で書きます。
◆特訓
初めて海に入ったその日から、毎週末になると海にいくようになった。
兄貴は冬休みが終わるとすぐにアメリカへ帰っていき、湘南の冬の海に一人で
通うこととなる。やっと、ワックスの存在も知り、
寒い冬の早朝に、一生懸命板にワックスを塗ったのを覚えている。
一人で海に行く、それは何ともいえないものであった。この気持ちを
どう言葉で表現しても、うまく言い表せないだろう。
一人で海に行き、一人で波に乗り、一人でボーッと波を待つ。
一種の座禅のようだと思ったことがあった。
心を空っぽにして、
登りくる太陽を見る、たまにくる波のセットを捕まえて波に乗る、
そしてまた沖へとパドリングして空を飛ぶ鳥などを眺めながら、
海の水平線を眺める。
まあ、まだ始めて間もない私はそんな暇もなく海で一生懸命パドリングして
いたのが実状であったが。
当時は一人、朝4時半ぐらいにおき、重い板を車に積んで、第三京浜をひた走り
コンビニでホットコーヒーを流し込み、冷たいウェットに袖を通す。
今日はどんな波だろうと想像しながら、重たいボードを抱え
134号線を横断、砂浜へ下るときには波が割れているのが見える。
大きな波のとき、雨でグシャグシャな時、全然波のないとき、果ては雪が降って
いるときも、海に通いつづけた。
とにかく続けることが上達する一番の方法だと思ったから。その時は、
一回も波に乗れないで帰ってきたとき、ただただ冷たい海に入って
小さな波しか乗れなかったとき、冷たい雨の中凍えて着替えたとき、
他のサーファーにいやな思いをされたときなど、なんでサーフィンしているんだろうって
思ったことも多くあった(それが湘南の海だったからということもあった)。
しかし、次第に波にのる感覚を覚え始めて、
長く?のることが出来るようになった。ボードをコントロール
出来るようになり、そうなると、気分はいっちょ前のサーファーになり
帰りに寄るマックのドライブスルーでは、ちょいとイケてるサーファー気取りで
昼飯をオーダーして帰って行ったのを覚えている。道歩くギャル達の視線?を
勘違いしだしたのもこの頃(上半身裸で、サングラスをかけて煙草など吹かしていた)。
半年ぐらいかな、一人で海に入りつづけた。この経験が、今の俺のサーフィン人生に
大きな影響を与えてると思う。みんなでワイワイと海に入るのはすっごく楽しい。
でも、一人で入ることも時には必要なんだと思う。特に自然を相手にすることには
それが必要なのかもしれないと思った。
今でもたまに一人で海に行くことがある。そうそう、一昨年のクリスマスの早朝に
絶対に海が空いていると思い、茨城まで行ったことがある。
クリスマスイブの夜、10時ぐらいにひとり家を出て千葉の飯岡の海岸で仮眠。
そして茨城まで行き、いつもは混んでいるポイントで一人で
いい波を一人占めした。朝日がまぶしく、海も澄みきっていて、波もきれいに割れて
いた。一人で心行くまで波を一人占めし、近くにいた漁師のおっちゃんと
たわいもない会話をして、、、。あの日の情景は忘れられない。
サーフィンをやっていると、そうゆう忘れられない日(今後、紹介していきます)が多くできる。
頭に強烈に記憶されることが多い。それだけ、インパクトの強い経験をするんだなぁと
思ったりする。
とりとめのない話になったが次回は「仲間」で話します。
◆仲間
私は社会人になると、あまり付き合いの深い人間関係を
結べなくなるなと思ったことがあった。
なぜって、人間関係を作る場所が会社という場に限定されてくるから、、。
でも、社会人になってからも多くの友人をつくることができたと
今は思うようになった。
ティップネスを通して作り上げた人間関係もすっごく多いことに今は気がつくが。
サーフィンを通して作り上げた人間関係も多くある。
一度一緒に海に入ると、なんというか、一緒に海に入り、波を分かち合い、その
素晴らしい時間(たまにはすっごく辛い時間)を共に過ごすことによって、
戦友のような気持ちになる。
一緒にそこの波にのるってことは、大きな意味合いを持つことなんだなぁって
思う。
TIPにいた吉田さん(元スタッフ)も、一緒に海に行くようになって
一緒の波を分かち合ってのることで、いい波乗り仲間になっていった。
最初は一人で海に入っていたけど、仲間が出来るにつれて多くの人と一緒に
海に入るようになった。一緒に海に入る仲間ができ、そこに行くと誰かが
入っているということがすっごく、うれしく感じた。
一度、千葉に夜中に一人で海に行き、海岸にある駐車上で仮眠していたことがある。
朝になり起きたら、隣に努の車が止まっていて妙にうれしかったのを覚えている。
そして、努と一緒に着替えていたときに卓也(中学の同級生)がまた車で乗り付けてきた
時は、みんな一緒のことを考えているんだなぁって、うれしく感じた。
いつまでも、ここにくればみんなに会えるという場所があるっていいなって。
その時の気持ちは今でも忘れられない。
仲間、それはとっても大事なものだと思う。一人でサーフィンをしていたけど、
一緒に海に入る仲間ができて、多くのものを得たと感じている。それは、かけがいのない
ものである。
またまた、読みづらい文章になってしまった。次回は「ビックウェンズデー」で
大波に乗った話します。
/FONT>
◆ちょっと一息
先週の日曜日に、久々に海に行ってきた。
俺とのりちゃん、努、吉田さん、もとちゃんとで
千葉の飯岡まで車を走らせた。年明けに一回海に入ってから、
しばらく海には入っていなかったので、
海が近づくにつれて、心臓がドキドキしてくるのがわかる。
コンディションは、オンショア(海から岸に向けて吹く風)でサイズは肩、胸に見え、
まあできない事はないだろうとふみ、楽京というポイントに入る(これが間違いだった)。
しかし結局、沖に出ることができず、、かなり一生懸命パドルしたが無理だった。
海では岸から見た波と、実際に入って見る波とでは1.5倍ぐらいサイズが違う。
あらためて、それを感じつつ他のポイントに向かう。
結局、飯岡荘正面のポイントできれいに割れる小さな波で遊んだ。
天気は小雨が降ってはいたが、全然きにならない。のりちゃん、努も楽しんで
小さな波にのっていた。俺のボードはみんなにバナナボードと呼ばれるぐらい
巨大で重いボードであり、小さな波のときには真価を発揮する。
こんな波にのれるの?っていう波に、のることができるのである。
短所としては、曲がらない、止まらない、重たい、である。
大波の時にはすっごく曲がるボードに変身するが(かなりでかい波の時にそう思った)、、。
みんなで久々の波を楽しんだ(吉田さんだけはトラブルがあって海にはいれず、、)。
やはり、波の上を風を受けながらスライドする感覚は素晴らしい。
海、地球と一体になった感覚というと、大袈裟すぎるかもしれないが、それに近い
感覚がある。頭の中を久々に空っぽにして楽しんだ。
雷の音だけが、ちょっと気になったけど(実際は雷の音がしたらすぐに海から出た方がいい)。
たまに落雷が、サーファーを直撃することがあるから。そうなると、近くにいる
サーファーも巻き込まれて、死亡してしまうらしい。
今の水温は冷たいけど、だいぶ暖かくなってきた。
しかし、自分のウェットスーツがだいぶくたびれてきていて、今年の冬ぐらいには
新調したいと狙っている。
ちょっと一息いれた、先週のサーフィン報告でした。
PS そうそう、吉田さんはウェットを忘れたので入れなかった。
次回にビックウェンズデー(精霊波)を書きます。
/FONT>
◆ビックウェンズデー
サーファーなら誰しも忘れられない波がある。それが、素晴らしい波に乗った
夢のような思いでの場合もあれば、苦い経験の場合もある。
今回は、苦い経験の波について話す。
当時、ちょっと波にのれるようになっていた俺は
大きな波でもあまり考えることなく、海に入っていた。
しかし、人にあったレベルの波を選ばないと、
とんでもないことになるということも
わかっていたつもりではあった。しかし、その時は本当の意味でわかっていなかったが。
もう3年か4年ぐらい前になると思うが、その時は赤いラインが2本入っている
ボードに乗っていた。俺の体のサイズからすると小さ目のボードではあったが、
お気に入りのボードであった(今は部屋のオブジェとなっている)。
ある夜、その当時付き合っていた彼女と千葉に車で向かい、浜辺で仮眠をした。
夜の浜辺からだと、海の様子はまったくわからない。しかし、大きな波の
割れる音だけはしっかりと聞こえたのを覚えている。
小雨が車に当たる音で目を覚まし、波を見た時にびっくりした。
そこには巨大な波が音を立てて、割れているではないか!しかも、風は
強いオフショア。波はきれいに音を立てて割れている。すでに、何人かの
サーファーが海に入っているのが見えた。しかし、ロングボードは2人ぐらいしか
確認できず。俺が沖まで出れるのだろうか?と不安に思ったが、丁度そこは
湾になっていたので、岸沿いにパドルアウトすれば大丈夫だと考えた。
早速、彼女を急き立ててウェットを着込むと海に入った。やっぱり、
近くで見ると全然違う大きさだった。オーバーヘッド。俗に言う
サイズが頭以上の大きさである。波に乗った時に、後ろからくる波が
頭より高いことを示す。案の定、沖にたどり着くまでに30分ぐらい延々と
パドルをした。彼女(ボディーボード)も一緒に入ったが、奴は沖には出ることができずに
あきらめたらしい。
沖に出た時に、延々と水平線からくる巨大なセットを見た時にはさすがに
ちびりそうになった。波待ちしているサーファーも、セットを選んで
乗ろうとしているが、なかなかのれない。
この波にのって、万が一ワイプアウト(こけること)
した日には、延々と海中をさまようことになるだろう。
何本かのセットをやり過ごしてから、小さ目(でもでかい)の波を選んで
テイクオフ!!ものすごいスピードが出て、波を駆け下りる。後ろから
割れて迫りくる波を感じながら、ボードから細かな振動がくる。こんなに
早いスピードで波にのったことはなかった。のっている時に
雨が顔に当たり痛かった感触がした。
ただ、まいてくる波に
飲み込まれないようにするのが精一杯であった。
2本ぐらいのっただけで、
体の緊張のあまり体力が以上に消耗しているのが感じ取れた。
「もう一本のったらあがろう、、これ以上のると、岸に帰れなくなる。」
そう、心の中で感じた。最後の一本に
のるために、沖にパドルしていた時に、、。
そう、まさかの巨大な波が目の前に迫ってきていた。
続く、、、。
◆続ビックウェンズデー
大波に本当に飲み込まれる感覚、それは奇妙であり、幸いにも
不思議と苦しいものではない。小さな波に巻かれたときの方が
以外と苦しかったりするものだと今は思う。
私は目の前に迫った巨大な波を見上げながら,必死に波が崩れる前に
乗り切ろうとパドルした。何せ、波が崩れたら、そのスープ(泡になって迫る波)に
延々と岸の方まで押し戻されるから。
悪い予感というのは、以外とあたるものであって、その時に
「あっ、やばいな」と一瞬であったが感じた。
努力の甲斐むなしく波のピークに達したときに
ボードごと波のてっぺんから、下までひっくり返されて落ちた。
波のピークから、下まで3mぐらいの高さを落ちる感覚を
初めて味わった瞬間でもあった。
そしてそのままグルグルと身体が回転しながら、海の底へと引きずり
込まれるのを感じた。不思議と恐怖は感じずに、「あー、引きずり込まれるなぁー」
と他人事のように思っていた。身体もグルグル回転しているのがわかるが、
抵抗もできず脱力したままだった。
静寂と言えばいいのか、不思議と音がない。
その時、「ボキッ!!」と鈍い音が
海中に響いた。「あっ折れたな。」と感じたが、最初に自分の身体の骨が
折れたのかと一瞬に考えたが、どこも痛くない。これは、ボードが折れたかもしれない
と考えた。そう考えていた時に、急に足が海底についた。
「あれ?」。そう、不思議な感覚だった。だって、俺は波が高いから、海岸より
かなり離れたところでサーフィンしていたから。その時に思った以上に、
海底奥深くまで引きずり込まれたのを初めて知った。
今でも自分が生きているのは、その時に冷静だったことからだと信じている。
なぜ冷静だったのか、答えは簡単だった。半分、諦めに近い感情が働いて
いたから。何も考えることがなかった。
でも、ボードが折れているかが急に心配になり、海面目指して
海中を泳ぎ出した。かなり長い間飲み込まれていたらしい。
えらく海面が遠く感じた。でも、結局冷静にいたからあまり酸素を使わずに
済んだのだろう。やっとのことで、海面に出たら波が大きく砕ける音が
また聞こえてきた。そう、また波がバンバンと押し寄せる、
荒波の世界に逆戻りした。
助かったとは思わなかった。なぜなら、板は真っ二つに折れていて、
折れた片方は波に流されている。リーシュの先に残っているボードは
うん悪く、かなり小さく捕まっても浮かんでいられない。
まあ、とりあえず生き延びることができたので遥かかなたの岸に向かって
泳ぎ始めた。何分ぐらい泳いだろう。自分でも定かに覚えていないが、
よせばいいのに、わざわざ折れて流れたボードを拾いたいと思い
遠回りまでして追いかけて岸にたどり着いた。
テトラに打ち付ける波をよけながら、折れたボードを抱えてテトラを登り
岸にたどり着いたときには、足がガクガクっと力が入らなかった。
しばらく雨の中、呆然と波の力で無残にもへし曲げられて
折れた自慢のボードを見つめていた。
やはり使い慣れたボードが折れるのは痛い。しかも俺のせいで折れた。
しばらくは何も考えられなかった。ボードの痛みがまるでわかるみたいに
心が痛んだ。
結局、折れたボードを車のキャリアに載せて周りのサーファーの
視線(失笑だったり、あー、やっちゃったなぁっていう視線)
を感じながら車を飛ばして帰った。
大きな波にのることは、大きなリスクを背負うことになる。
しかしそれから得たものも大きい。私は自分の赤い自慢のボードを無くたが、
その経験を得ることが出来たこと、それと同時に新しい同じタイプではあるが
青いより一層大きくて重い(折れにくい)ボードを手に入れた。
今でもそのボードは健在である。
これが私が今までに入った一番大きな波(精霊波)の話です。
/FONT>
◆嫌な思い
サーフィンをしていると嫌な思いをする時が多々ある。
やはり海の上でも、人間関係というかルールがあり
それを尊重されないと嫌な思いをするし、それに固執している
変な奴もいる。
基本的に、一つの波に一人の人間がのるという海の上での
絶対的なルールがある。まあ、実際は湘南なんて一つの波に
みんなで乗ろうとして大騒ぎだが。
それゆえに、何人かで海に入っている時に、ガンガンに来る波全部の波を乗って、
一人占めしている奴はひんしゅくだ。
それと乗った波に後から乗って進路を妨害することも、
海の上ではタブーとされている。だから、波に乗ろうとする時は
後ろを確認して誰かその波に乗っていないかどうかを確認する
ことが必要。
俺は今まで、前のりでトラブルになったことはないが
何回も他の人とクラッシュしている。それは、俺が悪い場合もある?かも
しれないが、どう見ても半々ぐらいの割合ばっかりだ。
しかし、気の弱い俺は以外とすぐに謝ってしまう。
後で、なんで俺が怒られなければならないんだ??ときがついたように
ムカムカしてくるのだが。
サーファーとして海に入る時は、海のルールがあるが
それを立てに威張る奴もいる。かなりむかつくし、
陸に上がったら負けないと思うが、そこは大人になって
無視するのが一番。
だからかもしれないけど、やっぱり誰もいない海で
サーフィンするのが一番だと思うし、友達同士でワイワイ仲良く
海に入るのが一番だと思う。
どうも海にまで技の競争を持ち込む奴もいるし。
今まで色々な嫌な目に逢ってきた。でも、それをしのぐぐらい
楽しいからまだ波にのっている。
もし、これを読んだ人が
サーフィンを始めるとしたら、アドバイスとして
人がいないところでゆっくり楽しむことが大事と伝えたい。
今の状況じゃ探すのが難しいかもしれないと思うけど、
俺と一緒に行けば以外と人のいないところでサーフィンできるよ。
海はすばらしい、しかしそれをとりまく人達でどうにでも
なってしまう。素晴らしいものを分かち合う精神が、
今のサーファーには欠けているのだろう。
ハワイアンが楽しそうに波にのっている写真はいくらでもある。
しかし日本での波でそうゆう写真は数少ない。
俺もそうゆう風に、尊敬・畏敬・感謝の気持ちで
波に接するこを目標としている。
/FONT>
◆極寒伝説
冬にサーフィンをするというと、たいていの人はびっくりして、
次に寒くないのとか、なんで冬に海に入るのって聞いてくる。
そうゆう俺も冬に海に入るなんて信じられなかった。
しかしみんなが思っているほど、冬の海はそんなに厳しい状況
ではない。むしろ、俺は冬の海の方が人もいなくて空いているので
好きなぐらいだ。
ただ海に入る前と後に着替える時は、確かにつらい。特に
風が吹いている時などは、なかなか脱げないウェットをうらめしく
思うことも多々ある。しかし、現在のウェットはかなり進化していて
海に入っている時は、顔ぐらいしか寒さは感じない。俺が使っている
セミドライのウェットスーツは水が入ってくるが、その水が
暖まるので寒さはさほど感じるものでもない。まあ、3〜4年前に
買った一番いいウェットだからかもしれないが。
たまに信じられないようなウェットを着て、極寒の海に入る奴がいた。
ウェット自体に卓球玉ぐらいの穴が空いていて、それを当然のごとく
着て、水がジャアジャア入ってきながら波にのる奴がいた。
奴の存在自体が伝説だったような気もするが、昨年やっと
新しいウェットを買ったと聞いた。
ウェットスーツ自体の値段が高いこともあるが、普通は
5〜6万円、良いのになると7〜8万円になる。作る時は必ず、
フルオーダー(身体のサイズを細かく測って作る)ことを進める。
さてここからが本題だが、俺も一つの伝説を作ったことがある。
その話を今回する。
俺には一人の弟子がいて、昔よくその弟子を連れて
サーフィンに明け暮れていたことがあった。ある冬の日、
また例のごとく海に弟子を連れていくために、早朝に海に行く準備
をしていた。
いつもとても熱いお湯をポリタンク一杯にして持って行き
向こうでサーフィンをした後に、
丁度よく温度が適温になった暖かいお湯を浴びていた。
その日の朝に気がついたのだが、家の給湯機が壊れてしまって
冷たい水しか出ない。どうしようもないので、とりあえず冷水を
ポリタンに入れて持って行った。車の中、弟子にもその旨伝えたが
はっきり言ってそんな事は海に入った後で考えればよいことと
二人とも思っていた。
運悪く?その日は雪がチラツクまさに
極寒日和。案の定人もまばらで、サーフィンは楽しめた。
そんな日にサーフィンすること自体がおかしいとは思うが、
海からあがった後に、「じゃあ冷水しかないからこれを浴びるか」と
弟子を促すと、奴はそれを拒否。身体を洗わないでそのまま
着替えると言い出した。そんな気持ち悪いことは出来ないと
俺は思い、思いっきり用意した冷水をかぶった。
マジで死ぬかと思った。心臓発作が起きる瞬間ってこんな
感じなんだなぁって感じながら、体全体に衝撃と痛みが走った。
体が自分の意志とは無関係に、えびぞりになり半分ひっくり返った。
弟子が「だッ大丈夫ですか!?」と叫んでいるのが薄れゆく
意識の中で聞こえたのを覚えている。長い時間がたったように
思えたが、やっと感覚が痛みから寒さに変り意識もしっかり立ち直った。
そのひと浴びだけで、すぐにタオルを巻いて着替えたことは
いうまでもない。
今でも俺の弟子は、雪の日に冷水をかぶった根性師匠として
俺を崇めている。
俺がちょっとぐらい寒くて、海に入るのを
躊躇していると「あの日の師匠はどこへ行ったんですか!?」と
怒られる。
まあ、これが極寒の中でサーフィンをするという話だ。冷水さえ
浴びなければどうってことない。
今度は夏の日のサーフィンについて語ります。
/FONT>
◆クラッシャー ジョー
波に乗りつづけると、必ずみんな経験することがある。それが、
クラッシュ(交通事故みないなもの)である。
邪魔な奴にぶつかったり、他の奴にボートや体にぶつけられたり。
ここに俺の歴代クラッシュを紹介しよう。
クラッシュ@
湘南にて初めてのクラッシュ?
若いショートの兄ちゃんが、俺のボードが兄ちゃんのボードに当たったと
因縁を付けてきた。後のり(誰か先にのった波に後ろから乗ること−優先権は先に乗った方にある)
してきたくせに。一応謝ったが、態度がでかいので岸にあがって話そうと言った。
俺はかなり不機嫌になって、グローブを下に投げつけて脱いだ。兄ちゃんは
クラッシュ痕を必死に探していたが、傷一つない自分のボードに
「今度から気を付けろよ!」と言ってその場から去っていった。あいつは何だったん
だろう?当然自分のボードも無傷。おまえが気をつけろよ!
クラッシュA
これまた湘南でした
熱いGWだったかな?俺が気持ちよく波に乗って、こけた。流れたボードが
そこにいたロングボードに当たった。最初、俺は全然気がつかないでいて
後から声をかけられたんだけど、どう考えても俺が悪いので岸にあがって
謝る。見るとサイドの部分がボッコリ欠けている。しかも、友人から借りた
ボードだそうだ。俺よりいくつか上の人みたいだけど、身長も俺よりでかい。
ごつかったせいもあるが、丁寧に対応した(ちょっとビビリ気味に)。
リペア(修理)代を払うから後で請求してといったがその後連絡はなし。
ラッキー?多分、貸した友人が「ええよ」っていったんだろう。すまん!!
クラッシュB
飯岡のビックウェーブで大破?!
そうそう、大きな波が来ている日だった。でかいセットに乗って、「やばい!
このままだと波待ち集団に突っ込む!」と思った瞬間、クラッシュ。
同時に乗ったショートの兄ちゃんと進路が一緒になり、俺のボードの目の前を
通過。正しくは、俺のロングボードの上をショートが横切った。
二人とも海に投げ出され、何が起きたのか一瞬わからず。兄ちゃんが
「何やってんだよ!」って怒っていたが、その時にはもうクラッシュ慣れ?
していたせいか、冷静だった。岸でお互いのボードチェック。見事に兄ちゃんの
ショートのフィンをぶっ壊した俺の愛しのロング。俺のボードはまたまた無傷。
双方の半々の責任で、リペア代半額もつことにしたがこれはちゃんと払った。
最後には仲良くなったしね(ボディーグローブの社員だった)。でも、兄ちゃん
顔面から血出ていたのには焦ったけど。
クラッシュC
自爆。
これは、ビックウェンズデーの章を読んでください。一番の大破だった。
リペア不可能。あのボードは伝説となった。
クラッシュD
兄弟自爆
これがなんだかんだ言っても一番の、リペア代がかかった。
沖に出る時にパドリング中に、努の板先と俺の板の後ろが接触。「ゴン、、」って鈍い音が
したが、たいしたことないと思っていた。しかし、後で見ると割れている。
今まで、数々のクラッシュを無傷でくぐり向けてきた俺様のボードが
あんな事でやられるとは!!かなりのショックだった。努いわく、
「俺は悪くない、進路妨害したのはおまえだ」と言っていた。この場を借りて
言わせてもらう。パドルが遅すぎなんだよ!!リペア代半額出せ!
クラッシュ番外編
頭カチ割り
これは俺がクラッシュしたわけではないが、一番強烈だったもの。
努が他のショートをひいた。しかも、フィンで頭をかち割ったらしい。
俺が陸に上がると、努とずんぐりむっくりの兄ちゃんが何やら話している。
やっとのことで努が話を終えてくると、「いや〜、フィンで頭をかちわってしまったよ」
と笑顔で話していた。おそるべし、努。
まだまだ幾つものクラッシュがあるが、この辺でやめておこう。
人が少ないところでサーフィンするのが一番です。
クラッシュ編でした。
/FONT>
◆「さぁ、サーフィンをはじめよう!」
今回はブレイクタイムとして、「サーフィンをはじめよう」です。
これまでの話を読んでみて、
サーフィンをはじめるのに何が必要で、どのくらいお金がかかるのかなぁ?って
思ったあなた、サーフィンをしてみたくなったというあなたへ贈ります。
まず、必要なものから順にあげて行きます。
・サーフボード(ロングボードで7万円〜無制限)
・ウェットスーツ(春夏用3万円〜、冬用5万円〜)
・リーシュコード(ボードと自分を結ぶもの、ボードが流れても大丈夫なように 4千円〜)
・海水パンツ(自前のでいい 0円)
・ワックス(ボードに塗る滑り止め 100円)
たったこれだけ揃えるだけで、君も立派なサーファーになれる!
10万円ちょいあればOK!(但し、購入についてはススムのアドバイスが必要)。
後は、移動する車が必要になるが持っている人はそれにキャリアを付ける必要がある。
まあ、1万円ぐらいでそろうでしょう。システムキャリアにすれば冬はスキー、春秋は
自転車も積めるようにできるよ。
車のない人は、俺と一緒に海にいけばOK!
海に行くガス代やら高速料金がかかるだけで、後は海に入るのにお金はかからないから
意外と安くすむスポーツなんだよね。例えば、4人とかで海に行っても
かかる費用といえば、昼飯代と交通費約2000円ぐらいかな?
始めてみたい人?興味がある人は私に聞いてください。
ボードの選び方から、ウェットまで全てコーディネイトします。ススムのインチキスクールも
開講するかも?
海に対する姿勢から、波に乗る楽しみ方まで伝授します!
なんだか、インチキ臭い文章になってしまいましたが
サーフィンという素晴らしいものに出会って、サーフィンジャンキーとなって、
海の近くの千ヶ崎に引越しした友人もいるぐらいです。
多くの人に波に乗る素晴らしい体験を、一緒に共有できればいいなと思っています。
試しにやってみるのもありですよ!
続く、、、
/FONT>
◆「最終回」
さて、サーフィンの話もそろそろ終わりにしようかと思い
最終回とする。
今まで波に乗り続けてきたが、これからも波に乗り続けるだろう。
そうゆう意味では、最終回と書いたが本当は「続く、、」となる。
今後、今までに乗ったことのない大きな波に乗ることがあるだろうし、
また懲りずに死にそうになるかもしれない。
そしてまたかけがいのない仲間も増えるかも。
これから、どんな波にのってどんな経験をして人生を過ごしていくのか
わからない。
しかし、チャレンジすること、波にのることをやめることだけは
しないように思う。
非難する訳ではないが、多くのサーファーが若くして波にのることを
辞めてしまう。多くの人が、「いい歳してサーフィン?」という。
社会人になって、海から遠のくサーファーも多くいる。それと同じことが、普通の
人にもいえる。社会人になってから人生にチャレンジすることを忘れて、
ただ淡々と生きる。生活に疲れ、愚痴ばっかり言うようになる。
本当はそうあるべきではないと思うし、今からでも遅くないから自分のしたいことを
すればいいと思う。いつまでも輝いていて欲しいと思う。
私は波にのり続けること、色々なことにチャレンジで、
自分がいつまでも輝いていられる。
一人でも海に行き、波にのりつづける。これまでも、これからもずーっと。
そして古き良き仲間と一緒に海で輝いていられたら、
「俺の人生は最高だった」と言えるだろう。
続く、、、。